2005年友の会滝めぐり観察会・神流川、両神山の滝 記録 その3 白水の滝、 叶山の地形
  <観察ポイント 宮内不動滝>
 石井良三氏撮影提供
右手のサイロのある平坦面が、扇状地性の谷底平野面。左手の石垣上の面が河岸段丘面。
石垣の切れたところから、両岸が岩盤になり、石垣の末端から滝が形成され、現在位置まで後退し、滝部分で曲流するとおともに、はじめの滝の上部が分裂して、連瀑帯となる。
 <現地資料>
  宮内不動滝(児玉町) ・・・・三波川結晶片岩の滝
  
 不動の滝 3m  児玉町宮内 

●岩質:三波川結晶片岩(点紋石墨片岩) 片理面は緩い逆層?

●遷移点の成因:平野型の滝? 沖積面を下刻した遷移点? 

●遷移点の構成・変遷:3mの本滝とナメ1mの上滝1 の比高5m程度の連瀑帯  屈曲立地の降順連瀑帯。
 
●景観: 本滝・・・3m 溝状急斜瀑 上滝・・・1mナメ
●形態・変化: 線滝直線溝状急傾斜。滝壺は浅い。

 画像手前が半円形の滝下広場。浅い滝壺跡がある。
 それより現滝面まで、4-5m後退。
 途中小滝下広場があるので、半円形の滝下広場の地点の滝スタートから、現在の滝は3代目の滝となる。
●岩質との関係:石墨片岩の滝の通例として⇒
 逆層屈曲立地
 滝面溝状・急傾斜
 比高の小さい連瀑化
 浅い滝壺
 滝崖が緩く、大きくない
  ・・・・等の共通性があるようだが、事例が少なく一般化はまだ。

 滝の付近に地質図の断層があります。
三波川と第三系の間の断層、神川ー寄居断層の南に平行して走っている断層(名前が分からない、地質の論文見てないので)で、地形の上でも明瞭な断層地形を作っています。 
 むかしのことばでいう関東山地と関東平野の境の八王子構造線の断層群の一つということになるのでしょうか。
 ほぼ垂直の断層のようですが、なんか地形見ると、南側が上がる縦ずれのほかに、左横ずれ成分もある感じなんですよね。
 滝の成因とこの断層とはかならず関係がありますが、詳細は不明。

 実は、観察会に行った後、遅まきながら調べてみたら、活断層に「平井断層」というのがあり、おろかにも、図の北の第三系との間の断層ではと速断していたのですが、活断層図をよくみると、どうも活断層の平井断層は、図の中央の断層みたいなんです。
 この部分では、左ずれのほぼ垂直な断層で、北東側落ちだそうです。活断層ということなら、そうでない断層と思っていたときとは話が違うので、断層の位置がかなり確実に推定されますので、観察会当日の資料とは違う位置に、訂正しました
 滝の上流に、川が急に折れ曲がる箇所があって、そこに断層線を引くのがよさそうですので、滝は、断層の下流側にあることになります。
 平野型の滝の成因は、普通は、かなり偶然によるんですけど、あまりに、滝の位置と断層の位置が近いので、基盤が掘った下にあって平野型の滝になってしまった理由は、断層によるんだろうと考えられます。
 推定ですが、滝のすぐ上流で、横ずれ断層のために、川が右岸側に移動していったため、平面的には流路が鍵の手に曲がることになり、川としては、よりスムースにしようとして、掘り込みつつ右岸側に移動して鍵の手の解消を狙ったところ、右手の山の岩盤に掘り込んでしまったのでないかな。 楽をしようとして、楽でない道にはまってしまった、町内会で楽そうな防犯係になったところ、空き巣が多発。毎晩夜回りのはめに・・といった、状況みたいなものですね。
   <追加説明>
●滝の成因 ・・・・  平野型の滝   滝おやじ作 「滝の地学v3」より
●瀑布帯の変化
●本滝の変化
●病気治療用の滝

 ● 滝の成因  
4-1-2 平野型の滝

 本流型の滝の一種。下流の平野部の滝によくあります。
 段が、本流の河口近くの平野部にある場合をいいます。河川下流部分の軟らかい冲積層を下刻していき、埋没した基盤(普通冲積層より固結し硬い)に当たってしまった場合に起こります。
 図10 に模式図を示します。
 すなわち、房総の平野は、5000年前の縄文海進によって海面が上昇し沈水した入り江(図のA)が砂や泥で埋め立てられたものです。当然平野を流れる川も河床の地質は未固結の砂泥からできています。ただ、その地下には、以前の入り江の陸地を作っていてその後埋没した地形があり、その地形は、より固結した地層からできています。平野と山の境界付近では固結した地層は地表近くにあります
(図のB)。
 このような地下構造の平野を流れる川が、地震等の隆起によって回春し下刻したとします。
 未固結な地層はすぐに掘り込まれてしまいますが、掘っていって、地下に埋もれていた固結した地層につき当たると、すぐには掘れなくなってしまい、固結した地層と未固結な地層のとの境が、滝として掘り出されます(図のC)。
この種の滝はできかたからいうと、広い意味で後述する硬岩型の滝でもあります。また、房総の場合は、大地震による土地隆起にともなう河川の回春によって作られているので、地震隆起による滝ということにもなります。
 高さは低いが、水量がある滝になります。ただ、川堰を作る絶好の場所なので、多くは用水堰の場所として利用され、自然の滝の姿をとどめない滝も見受けられます。

館山平野の箱橋の滝、平砂浦の州宮川の滝、鴨川平野では待崎川の泉川の滝など。

                             by Yosimura Mitutosi

●瀑布帯の変化


左側(北側)が、下流です。
三波川結晶片岩の低い山を削った幅広の谷が、扇状地性の谷底平野になり、そのへいやとたにしゃめんのさかいを谷が下刻しています。
平坦面は、扇状地面と、滝不動堂のあるそれより低い河岸段丘面で、それをU字溝状の谷が掘り込んでいます。
遷急区間とその上流下流の様子をスケッチしました。
遷急区間で、瀑布帯になり、川幅が狭く、岩盤河床、曲流し、屈曲点に滝ができる・・・という分裂した瀑布帯の通例の形をしている。

遷急点の変化を館ゲルト、下流側から下刻が進み、おそらく、山の岩盤と谷底平野の砕屑物の境を上流に掘り込んできて、そこまでは、左岸側は岩盤だが、右岸側は砕屑物なので、左岸側を掘り込む形で簡単に掘ってきたのでしょう。
 ところが、現在の不動の滝下流の岩盤の崖になっているところで、両岸岩盤の所になって、簡単に掘れなくなって、遷急点がとまった、ということになります。滝(遷急区間)の成因としては、「平野型の滝」ということになります。⇒平野型の滝りんく。

遷急区間の中を見ると、上に述べたような形をしていて、3mの本滝の上に、1mナメの上滝があり、以前の本滝の上部が分裂して上滝ができています。
また、本滝は、最初の位置から20mぐらい移動していることになります。

本滝の地形を見ると、半円形の旧滝つぼ(現在埋まっている)から、奥に、4-5m直線溝状に掘っていて、新滝壺を作っています。
現在の滝面が、曲流の屈曲点のところになっているので後退が一時的にとまっていると思われますが、ここを過ぎれば、また分裂して、現在の上滝の位置まで比較的早く後退するでしょう。

一見で作った地形分類スケッチなので、歪んでますし、不正確なところも多いと思います。図を完全に信用しないように。

 ところで・・

 凄い、ささやかな滝で・・なにしろ、3mと1mです・・、その割には話が大きくなって、ミドリガメの上に、ゾウガメがのって、そのうえにマンモス画載るような話になりそうなので、常識を発揮して、「では、先を急ぎましょう。」ということにしたいと思います。

聞取り結果
石仏写真

   <現地アルバム> 石井良三氏作成原本より編集転載。画像と文章は石井氏による。
<午前10時00分宮内不動滝>

 向こう側に見える階段のうえに、御籠りに使
用したとおもわれるお堂があったが、あまり
にも荒れていたので撮影しなかった。
          植物観察?

<滝付近の地形図>

 茶色の線は、断層を示す。詳細は「友の会滝めぐ
り」資料を参照。
 滝(遷急点)の立地に断層が絡んでいるとの説明
があった。

 岩質は、石墨片岩としてその特徴を説明されたが
ここの岩は黒色が薄かった。
宮内不動滝(児玉町)・・三波川結晶片岩の滝   
 ・岩質:三波川結晶片岩(点紋石墨片岩)
 ・遷移点の成因:平野型の滝、沖積面を下刻した遷移点。
 ・遷移点の構成・変遷:3mの本滝とナメ1mの上滝1の比高
5m程度の連瀑帯、屈曲立地の降順連瀑帯。
 ・景観:本滝・・・3m溝状急斜瀑、上滝・・・1mナメ
 ・形態・変化:線滝直線溝状急傾斜。滝壺は浅い。

※ 以前、精神病の治療用に、水行場として使われたとの説明が
あった。

(写真以外は、吉村先生のHP,資料を適当に省略して記載)

滝上部にて観察

滝壺にて本間さんが写真撮影

地層・滝の成因の説明中

石仏観察?


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