2006年度 滝めぐり観察会 「安房地方のよい滝」 現地資料 


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Loc.4 沢山不動の滝・棒滝

道路地図上の位置は→こちら    位置 E139.56.04.25 N35.04.03.19(日本座標)
 <沢山不動の滝>

名称・・・
沢山不動堂の霊地にあたる。「七ツ滝」とも呼ばれている。ほんとはそっちかもしれませんが、観光名として定着しているようです。

河川名・・・ 平久里川水系。増間川支流長沢の比高約20mの遷急点
場所・・・ 南房総市上滝田 沢山不動堂の下
遷急区間の構成・・・比高18m。 下滝1-3(0.5m,1m,2mナメ)、本滝(3段9.5m)、上滝(2.5m)の7つの滝よりなる。、比高18mの直線状の河道にある連続した瀑布帯となっている。瀑布帯の上流端と下流端が河道の屈曲点になっており、房総における直線型瀑布帯の代表例である。
 下滝1の直下には埋まった大きな滝壷があり、以前の滝の跡を示す。
 本滝は、連続した滝と釜の3連の滝で、この滝上に、大きな滝壷のある上滝(2.5m)がある。

成因・・・支流型の滝 増間川本流の遷急点と同時期のもの。
地質・・・・保田層群増間層 泥岩・白色凝灰岩互層 逆層
故事来歴・・・郡誌:記載がない。
 発見者 君島安正氏が「房総の山・改訂版」の「安房地方の滝」で紹介されたのが最初。その後、ゼンリンの住宅地図には「七ツ滝」と記入された。

信仰・・・上滝の滝壷岸壁には、不動明王像(明治以降の作)が置かれ、滝上の不動堂から本滝上へ(上滝の下)に行く道には、シメ縄が張られている。


1万分の1千葉県地形図(京葉測量社)及び5万分の1地質図「那古」(地質調査所)により作図
5万地質図の那古図幅が、出版されて、それとあわせてみると、ムムッツ。
増間川の滝もそうなのですが、立地に、白色凝灰岩・泥岩互層灰(図のピンク色)が絡んでいるように見えます。・・・どうゆう、機構で絡んでくるのか、もっと観察しないとわかんないですが。
もうひとつ、この沢山不動滝と棒滝の立地が、なんと、背斜軸(図の赤線)の所にあり、立地に関係がありそうです。
ただし、向斜軸の部分が硬くて山になり、背斜軸の部分は柔らかくて谷になるという話は、よく本に出ていますが、背斜軸のところが滝になるということは、聞かないです。
 もう一度、きちんと見直さないといけないなあ・・・という滝です。 

5m+2m+1.5m の部分を本滝8.5mとして、
2mナメ、1m、0.5mの下滝1〜3と、
2.5mの上滝の、計7つの連瀑からなる遷急区間。

屈曲点から屈曲点までの間の直線の河道部分に連瀑をなす遷急区間(瀑布帯)で、このタイプを「直線瀑布帯」と呼んでいます。
 屈曲点立地の滝のある安定した遷急区間に比較して、より活発な侵食が進行中の区間と考えられます。

 おっと、この区間の測量図を作らねばいけないのだが、延び延びになってやってません。

5m+2m+1.5m の本滝部分より下の断面。

滝つぼの深さは、未測定ですのであやしい。・・・・・すごく深い可能性あり。

逆層の互層とみたが、泥岩部分が一時的な造瀑層になって、凝灰岩部分が頂部滝壺として掘られているようです。



 上滝2.5m 大きな滝壺があり、左の岸壁に水神の石塔が置かれている。

本滝部分(5m、2m、1.5mの3連の連瀑)

手前の2つの滝の頂上部のU字型の凹みは頂部滝壺の上部が破壊されて低下した跡。
 このような頂部滝壺のある連瀑にはよく見られる滝の後退地形である。
<棒滝>

名称・・・房日新聞の紹介が初めて。

沢山不動滝の下流で合流する小支流にある。沢山不動滝と同期の滝。
ただし、流域面積が沢山不動滝に比べて格段に小さく、普段は「濡れ滝」程度のため、
滝面は全然分裂していず、壁状、直下型、滝下はややオーバーハング。 侵食力がないんですね。


水の無い(普段の)姿

 急傾斜した順層の滝に見えるが・・・よく見てない。


 大雨の後の姿


現地記録  画像は、石井良三氏撮影・提供


公園化して整備され、遊歩道や吊橋ができている。
小さな駐車場とトイレもある。

沢山不動堂吊橋前看板の文面



 吊橋

吊橋上から俯瞰。

下滝123と、本滝の最下連がみえる。



上滝 左手崖の途中に水神塔。

 沢山不動堂

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