原 正利氏作成 観察会植物分野資料 観察会記録目次へ
千葉県立中央博物館友の会 2008年度 第1回自然観察会 初夏の落葉樹林と亜高山の湿原 〜那須のシロヤシオをたずねて〜
講師 原 正利 千葉県立中央博物館環境科学研究科 |
2008.6.1-2友の会宿泊観察会資料 那須の植物と植生 千葉県立中央博物館環境科学研究科 原 正利 |
||||
1 植物の生育環境としての那須の自然環境の特徴 | ||||
3、4万年前に山体崩壊を伴う大規模な爆発があって、茶臼岳を取り囲む古茶臼岳東カルデラが形成され、大規模な岩屑なだれ(御富士山岩屑なだれ)が発生して南東方向に広く堆積した。 カルデラ内にはその後、茶臼岳を中心とする新たな火山体が形成され、現在も活動を続けている。 東〜南の山麓部は、過去の度重なる岩屑なだれや火砕流、さらにその後、二次的に形成された扇状地性堆積物に広く、厚く被われ、緩やかな斜面が続いている。 この地域は気候的に、太平洋型気候区と日本海型気候区の境界に位置し、麓の黒磯(343m)では、冬期の最深積雪深は30cmに満たないが、中腹の湯元(830m)では1mちかく、さらに上部の山地では1.5〜2mに達すると推定される。 黒磯では年平均気温は11.5℃、暖かさの指数WIは90.7℃月、寒さの指数CIは-12.5℃月と計算され、暖温帯(常緑広葉樹林帯)と冷温帯(落葉広葉樹林帯)の境界付近に位置すると考えられる。 年降水量は1470mmである。また、山頂付近(1900m)の暖かさの指数WIは約30.0℃月と計算され、亜寒帯(亜高山針葉樹林帯)中部に位置すると推定される。 |
||||
2 植物相の植物地理学的特徴 | ||||
那須町南部の伊王野温泉神社付近には常緑広葉樹のアカガシがモミやブナと混生する森が残されており、これが関東平野内陸部における常緑広葉樹(シラカシを除く)の分布北限となっている。 すなわち、那須地方の大部分には常緑広葉樹は分布しない。 那須では、那須岳南東側の斜面は太平洋型気候に支配され、積雪が少ないが、これを取り囲むように広がる西〜北側の斜面は日本海型気候に支配され、積雪が多い。 このため、積雪量の多少に対応して、日本海要素と太平洋要素の両者の植物がすみわけて分布することが特徴である。 前者の例は、ハイイヌガヤ、ヒメヤシャブシ、タムシバ、トリアシショウマ、エゾアジサイ、ハイイヌツゲ、ヒメモチ、ムラサキヤシオ、タニウツギ、チシマザサなどであり、 後者の例は、イヌガヤ、レンゲショウマ、アカショウマ、タマアジサイ、ヤマアジサイ、ヤマブキソウ、ナツツバキ、トウゴクミツバツツジ、バイカツツジ、イワタバコ、ミヤコザサ、スズタケなどである。 ササでは、積雪深と分布域との対応関係がよく調べられている。ミヤコザサは積雪深50cm以下の場所に限って分布することが知られ、その分布西限を結んだ線はミヤコザサ線と呼ばれている(図2)。 スズタケも同様に積雪深75cm以下の地域に限って分布し、その分布西限を結んだ線がスズタケ線である。 岩手県を除き、ミヤコザサ線とスズタケ線は接するように並行して走り、どちらも那須の中腹を通っている。 対照的に日本海側に偏って分布するのがチシマザサで別名ネマガリタケとも呼ばれ、茎は弾力が強く、多量の雪に埋もれても折れず、春には再び茎を立ち上げることが出来る。 さらに、ミヤコザサやスズタケとチシマザサとの中間地域に分布するのがチマキザサやクマイザサである。 |
||||
ミヤコザサは芽が地表付近にだけあって、地下茎がやや深く、地上茎はほぼ1年で入れ替わる。冬期の低温や乾燥に強く、また哺乳類に採食されても再生力が強く消失しにくい。 スズタケが多雪地に分布しないのは茎に弾力が無く折れやすいためと考えられる。ミヤコザサよりも大きくなるが、地下茎がやや浅く、冬期の低温や乾燥、採食には弱い。 太平洋側でもミヤコザサは山頂部や尾根筋に、スズタケは山腹や谷筋にすみわけて分布する傾向にある。 チシマザサやチマキザサは、茎の上部にまで芽があって茎の寿命は長い(チシマザサで8年程度)。茎に弾力があるため、雪に埋もれても折れず、雪の保温効果(積雪の直下は真冬でもほぼ0℃に保たれる)を利用して越冬することが出来る。採食には弱い。 那須では、これら各種のササが標高と積雪に対応して分布している(図4)。 |
||||
3 地質地形と植生 | ||||
那須岳南東側の斜面は、噴火に伴う大規模な地表かく乱に何度もさらされて、植生が破壊と再生を繰り返してきた経緯がある。地質的にも火山噴出物やその2次堆積物に広く被われ、地下に厚い礫層を伴うことが多く、土壌は未熟で酸性が強い。 このため、植生の遷移が十分には進まず、気候的極相が十分に成立しえていない。 茶臼岳は明治14年(1881年)に噴火し噴火口付近では厚さ33cmほどの灰石が積もった。 このため、頂上付近は、現在でも本来の気候的極相であるシラビソやコメツガなどからなる針葉樹林は全くみられず、ガンコウランやウラジロタデ、イタドリなどが生育する火山荒原となっている。 さらにその下部にはササ群落が広い範囲にわたって分布し、森林群落は未発達である。 それに続く那須高原も、本来であればブナ林が広がるはずであるが、火山性堆積物に被われる緩斜面では下層にヤマツツジやレンゲツツジ、サラサドウダンなどのツツジ類を多く伴うミズナラ林となっていることが多い。 ただし、谷筋の、侵食によって火山性堆積物が流されて基盤岩にまで達しているような場所では、ブナを優占種とする落葉広葉樹林が発達している場所も見られる。こちらが本来の気候的極相である。 那須高原や、さらに下方の山麓部の森林が未成熟なのは、過去の人為的な植生改変の影響も大きい。 かつて那須の山麓は那須野ガ原と呼ばれ、灌漑の便に乏しく、原野が広がっていたようである。鎌倉時代には武士の狩猟場として有名であった。 ススキの中にアカマツ、カシワ、コナラ、ミズナラなどが点在する景観が想定される。 その後、明治に入って開墾されて、近代的な牧場となり多数の馬が放牧されるようになった。現在、山麓にツツジ類が多いのは、酸性土壌がその生育に適していることに加え、有毒なため、馬などの家畜が採食しないので、量的に増えたと考えられる。 また火山性堆積物や扇状地性堆積物からなる緩傾斜の斜面は、全体的には乾燥しているが、所々に凹地があり、小規模な湿原が発達することがある。すでに失われてしまったものが多いが、現在でも小深堀などに残され、サクラバハンノキやモウセンゴケ、トキソウ、サクラソウ、ザゼンソウなど多くの湿生植物が見られる。 那須岳南東面の斜面と対照的に、カルデラの外輪山をなす古い火山体の山腹斜面には気候的局相として森林群落が発達している。 標高の高い部分では、噴火に伴う攪乱や積雪のため、一部にコメツガ林が見られるほかは、亜高山針葉樹林帯は発達せず、ダケカンバに林となっているところが多い。キタゴヨウやクロベ、アスナロなどの針葉樹や、下層にはアカミノイヌツゲやエゾユズリハ、オオバツツジ、オオバキスミレなど日本海型分布の植物も多く混じる。 その下方にはブナ林が見られる。場所によって構成種に違いがあり、沼原湿原周囲など積雪の多い場所では、典型的な日本海型の種組成を示す。すなわち亜高木層・低木層には、ハウチワカエデ、コシアブラ、コバノトネリコ、オオカメノキ、オオバクロモジ、その下層にはチシマザサが優占し、ヒメモチ、ツルシキミ、エゾユズリハ、オクノカンスゲなどが見られる。 一方、大倉尾根などやや積雪の少ない地点では、高木層にブナとともにウラジロモミが多く生育し、亜高木層・低木層にはシロヤシオやミヤマアオダモ、ナツツバキが多く、下層にはチシマザサとともにミヤコザサも見られるようになる。こちらは日本海型の分布の種も混じる太平洋型のブナ林といえる。 このように那須の植生は、火山活動に伴う地質地形条件の違いと標高や積雪深の地域差、過去の人為的植生改変の違いを反映した様々なタイプの植生が見られるのが特徴である。 |
||||
参考文献 | ||||
生物学御研究所.1962.那須の植物. 三省堂. 生物学御研究所.1972.那須の植物誌. 保育社. 栃木県の動物と植物編纂委員会(編).1972.栃木県の動物と植物. 下野新聞社. 長谷川順一.1982.栃木県の植生と花. 月刊さつき研究社. 鈴木貞雄.1996.日本タケ科植物図鑑. 聚海書林. 栃木の自然編集委員会(編).1997.日曜の地学9 栃木の自然をたずねて. 築地書館. 鈴木毅彦.2000.那須火山群−中期更新世から活動を続ける火山フロント上の火山.In 貝塚爽平・小池一之・遠藤邦彦・山崎晴雄・鈴木毅彦(編).2000.日本の地形4 関東・伊豆小笠原.pp.49-52.東京大学出版会. 薄井宏.1972.植生.In 栃木県の動物と植物編纂委員会(編).1972.栃木県の動物と植物.pp.7-28.下野新聞社. |
||||
ページ トップに戻る。 観察会目次に戻る HPに戻る |